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あしあと

    【文化財キッズページ】百済寺跡(くだらでらあと)

    • [公開日:2024年3月11日]
    • [更新日:2024年3月11日]
    • ページ番号:35813

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    百済寺跡(くだらでらあと)

    百済寺跡の瓦

    奈良(なら)の東大寺(とうだいじ)の大仏(だいぶつ)をつくるとき、陸奥国(むつのくに)、今の宮城県(みやぎけん)や福島県(ふくしまけん)あたりの長官(ちょうかん)だった百済王敬福(くだらおうきょうふく)は、そこでとれた金をさしあげたことにより、河内国(かわちのくに)、今の大阪府(おおさかふ)の東部(とうぶ)・枚方市(ひらかたし)から河内長野市(かわちながのし)にかけての長官(ちょうかん)になりました。

    それから、百済王氏一族(くだらのこにきししいちぞく)が中宮(なかみや)にすみ、今から1250年くらい前の奈良時代(ならじだい)の中ごろに百済寺(くだらでら)をたてたとされます。
    お寺の大きさは、140メートル×140メートルくらいの正方形で、東西2つの塔(とう)やそれらをかこんだ廊下(ろうか)、金堂(こんどう)、講堂(こうどう)などの跡(あと)がのこっています。
    昭和27年(1952)に国の特別史跡(とくべつしせき)に指定(してい)されています。

    特別史跡(とくべつしせき)は大阪府(おおさかふ)では大坂城跡(おおさかじょうあと)と百済寺跡(くだらでらあと)の2つしかない、とても大切な史跡(しせき)です。

    百済寺跡の風景
    百済寺跡復元図1(イメージ)

    百済寺跡復元図(イメージ)

    百済寺跡復元図2(イメージ)

    アクセス

    京阪電車「枚方市駅」南口発61~65・68・70~72・78系統「中宮」バス停下車、徒歩約1分

    京阪電車交野線「宮之阪駅」から徒歩約7分

    アクセス