広報ひらかた

市民登場 No.775

オムライスを作り続けて約50年
PETIT BLANC & OMUGERオーナー

梅田 薫さん

◆うめだ かおる
 大学中退後、有名洋食店で修業しながら夜間の調理師学校を卒業。20歳で茨木市に洋食店ポム・ド・テールを創業し、枚方市内に移転後、人気店に。創作オムライス専門店・ポムの樹の創業者として全国展開も。現在は別会社を立ち上げ、香里ケ丘でプティ・ブラン&オムジェのオーナーとして厨房に立ち続ける。田口山在住。68歳。


100歳までオムライスを作り続けてギネスに載るのが夢やね

 50種類以上食べ比べて厳選した半熟で最もおいしい卵を使い、ご飯を無駄のない動きで手早く巻いていく。「フライパンは手前に引かず上下の動きだけで巻くと卵が固くならないんだよ」と笑顔を見せる。店には今もポムの樹創業当時の味を求めてやってくるファンもいる。

 食べることは好きだったが、料理人になりたかったわけではない。大学中退後、実家の仕事を手伝うも「毎日退屈だった」と逃げる口実に調理師学校に入学。卒業後すぐ20歳で茨木市に洋食店のポム・ド・テールを開店したが客からおいしくないと言われ続け、5年間売り上げも低迷。塩こしょうの味付けだけではおいしいピラフを安定して提供できず、寿司屋の友人の話をヒントに昆布で炊いたご飯を炒めると評判が上がった。「最初はブイヨンで炊いてみたけど冷めるとおいしくなくて。独学で試行錯誤を重ねて昆布で炊いたご飯とパラパラになる火加減にたどりつきました」

 枚方市内に移転後、大盛りピラフが看板メニューとなり人気店に。「自分が食べたい量を提供しただけだったんだけどね」。百貨店の服飾フロアへの出店時には調理の匂いがあまり出ないよう要請されメニューをオムライスに絞ったのがポムの樹の原点だ。当時珍しかった200種類もの創作オムライスが話題となり約10年で北海道から九州に100店舗を展開する会社に育て上げた。トップとして技能試験などスタッフの育成にも手を抜かず新メニューを考える多忙な中でも厨房には立ち続けた。

 今は別会社を立ち上げ、これまでの味を守りながら香里ケ丘の店で腕を振るう。「僕はオムライスを作ることしかできへん。お金儲けだけでは続けられない。やっぱりおいしいと喜んでくれるお客さんがいてくれるからやね」。厨房に立つ体力を維持するため山田池公園を毎日10㎞走ることが日課だ。「100歳までオムライスを作り続けてギネスに載るのが夢やね」