広報ひらかた

まちの話題

助け合い 地域で備える 防災を

市民参加型の総合防災訓練「枚方ひこ防'z」

 11月22日午前9時のエリアメールを合図に川越小学校で訓練が行われ、約120人が参加しました。トラックで運動場に運び込まれた支援物資をバケツリレーで避難場所となる体育館へ。トラックの停車位置や配置人数など、効率よく運べる方法を確認しました。茄子作東町の吉田博美さん(右写真右から2番目)は「水などの重い物資もみんなで協力してなんとか運べた。高齢化が進む地域で助け合うことの大切さを改めて感じた」と話しました。


切り株サンタで笑顔に

交北小児童が制作・市役所別館前花壇

 12月1日、市役所別館前の花壇に交北小学校の児童が作った切り株サンタが初めて飾られました。花壇作りを担当するボランティアグループ・エレガンス枚方組が同小学校のいきいき広場活動で講座を開催した際に児童が作ったもの。同グループのメンバーらが楓の実で作ったツリーを設置し、手際よくガーデンシクラメンなどを植えていくとクリスマスらしい花壇が完成。切り株サンタを目にした市民は「表情がそれぞれ違ってかわいいね」と目を細めていました。


悲願!超有名鉄道は枚方を走る

児童たちの思い届いた?!桃鉄に枚方が登場!

 11月14日、小倉小学校で人気ゲーム『桃太郎電鉄2』に「枚方」が収録された報告会が開かれ、全児童が参加しました。2年前に児童が制作陣に「枚方を入れてほしい」と直接プレゼンし「枚方の追加は実現が難しい」とされた夢が現実に。会場のスクリーンに映し出されたゲーム画面に「枚方」の文字が現れると、大きな歓声と拍手が響き渡りました。当時プレゼンをした山下絢愛さんは「自分たちがプレゼンに取り組んだ枚方が桃鉄に入ってうれしい!」と笑顔でした。


物産展がつなぐ新しい交流

秋空の下、友好都市・交流都市が集う

 11月22日・23日、ニッペパーク岡東中央で友好都市・交流都市物産展が開かれ、初日で完売する商品が出るほど大勢の来場者でにぎわいました。別海町ブースのホタテから漂う磯の香りや、四万十市ブースの焼き栗の甘い香りに誘われて、思わず足を止める人の姿も。別海町の牛乳を親子で味わっていた市内在住の三好萌奈さん(写真右)は「行ったことがなかった町を知る良い機会になった。今日知った名所や特産品を求めて旅行で訪れてみたい」と心引かれた様子でした。


まちの話題 特別編

歴史を動かす発見
遺跡が示すまちの歩み

市内で新たに見つかった中振北遺跡と発掘調査が進んだ茄子作遺跡。発掘調査で得られた古代から中世にかけての枚方の姿を知る上で重要な痕跡を紹介します。

 問合せ先、広報プロモーション課 文化財課☎841・1411、〃841・1278


平安時代後期~室町時代の井戸3基発見

街道町として発展した中振北遺跡

 異なる形や大きさの木枠を持つ井戸⑴~⑶(写真左)が並んで出土しました。鎌倉時代には井戸の容量が増え、室町時代初期には高い技術が必要とされる桶型へと改良されます。このことから人口が増えて経済的に発展した町があった様子がうかがえます。交通の要衝である河内街道と淀川へ向かう街道沿いで立地が良かったことも要因と考えられます。

発掘現場の目

 戦国時代に蓮如が浄土真宗布教の足がかりとして枚方に光善寺を建立したのはこの町の発展に目を付けたからかもしれません。下層の調査を進めると、古墳時代後期と推定される建物の柱穴列(写真右)も見つかり、当時としては大きな建物があったことが分かりました。平安時代よりも前に町があったかもしれないと期待を寄せています。

⑴平安時代後期

⑵鎌倉時代

⑶室町時代初期

文化財課 井戸 竜太


枚方でも初期須恵器が作られていた!?

窯跡3基発見!
茄子作遺跡

 今年7月からの調査で5世紀前半に初期須恵器を生産していた窯跡3基が確認されました。茄子作遺跡の周辺では以前から水の貯蔵などとして使われていたかめやつぼなどの大量の初期須恵器が出土していましたが窯は未確認で、今回の発見によって未解明だった生産地が明らかになりました。堺市の陶邑古窯跡群の成立と同時期とみられ、これまで陶邑のみで行われていたとされてきた初期須恵器生産の見方に再考を促す成果です。

▲灰原には窯の中からかきだされた炭が広がり、その中には須恵器の失敗作なども。
図・写真提供 府文化財センター

▲焼成部の床面から製品を焼くときの台として使用されたかめの破片も出土。

発掘現場の目

 技術伝播や渡来人の活動、日本でのものづくりの成り立ちを考える上で貴重な資料となりました。今後はここで作られた須恵器がどこへ供給されていたのかを研究していきます。

文化財課
松野 元宏

窯跡から推測される当時のイメージ