広報ひらかた

おしえて ひこぼしくん 枚方の地名 その16

山之上

 昔、山之上は南條郷と呼ばれていたんだけど、江戸時代の初めころ、山之上村に変わったんだ。その名の通り小高い山になっていることから名付けられたと言われているよ。

 山之上は戦前、竹製品の一大産地だったんだよ。元々、農地が少なくて、竹やぶが多かったので竹細工が盛んだったんだ。昭和初期には全80戸のうち、半分以上の家が竹細工をしていたんだって。茎を細く割った竹ひごを編んで、ざるや籠など、当時、生活に欠かせなかった日用品や農具を作っていたんだよ。輸出用の工芸品「花籠」も作っていたんだって。

 戦争が始まると陸軍の兵器工場から、貴重になった金属製品の代わりとして、石炭を入れるための籠の注文が殺到したんだ。地元の竹だけでは足りなくて、村野や私市からも取り寄せたんだって。でも、戦後になるとプラスチック製品の登場や後継者不足で、竹製品を作る人は急激に減って、やがていなくなってしまったんだ。

 ところで、山之上4丁目にある山田神社は、元々、山之上神社という名前だったんだ。明治5年、田宮村にあった神社を合祀(神様を一緒に祭ること)したときに、山之上村と田宮村の頭の漢字1字をとって、山田神社という名前に変わったんだよ。