広報ひらかた

おしえて ひこぼしくん 枚方の地名 その13

御殿山(ごてんやま)

 「御殿山」は江戸時代初め、その地に陣屋があったことから御殿山と呼ばれるようになったと言われているよ。陣屋というのは、江戸時代に大名などが自分の領地を支配するために作った建物だよ。「御殿」と呼ばれるくらい立派な建物だったのかな。建てたのは渚村を治めていた永井尚庸。2万石の領地を父の尚政から分け与えられ、渚村に陣屋を建てたんだ。いつから御殿山と呼ばれるようになったのかはよく分からないけど、幕末の文献には登場しているよ。尚庸は、かつて平安貴族が花見を楽しんだ別荘「渚院」があったとされる場所をきれいに整備して、桜の名所として復活させた人でもあるんだ。

 ところで、みんなは御殿山駅ができた理由を知ってる? 昭和4年(1929年)、大阪市内にあった大阪美術学校が御殿山神社の隣に引っ越してきたんだ。御殿山駅は生徒の通学用としてできたんだよ。校長の矢野橋村は日本画で賞をもらったり小説の挿絵を描いたりと活躍した画家。貧しくて学費を払えない生徒にも一生懸命教え、多くの画家が巣立っていったんだけど、昭和14年(1939年)3月1日、近くにあった禁野火薬庫の大爆発で大きな被害を受けたんだ。昭和19年(1944年)、学校は軍に取り上げられて閉校したけど、現在、跡地には市民の創作活動の場として親しまれている御殿山生涯学習美術センターが建っているんだ。