広報ひらかた

おしえて ひこぼしくん 枚方の地名 その5

三矢

 三矢といえば江戸時代、東海道の宿場町としてにぎわった枚方宿の中心。淀川を行き来していた三十石船が泊まる港もあって多くの旅人でにぎわったんだ。でも、昔は「三屋」だったって知ってた?

 室町時代の文書には「河内国三屋関」って書かれていて、戦国時代には、本願寺8世蓮如の13番目の子ども・実従が「三屋口」から船に乗ったと日記に書いているよ。「関」は関所のことで、当時、淀川沿いには行き来する船からお金を取る関所がいくつもあったんだ。

 江戸時代になると「三屋」は「三矢」と書かれるように。宿場の仕事を取りまとめる問屋場や、住民に大切な決まりごとを知らせる高札場が置かれたよ。大名などの偉い人のための「本陣」もあって、徳川御三家の一つ紀州徳川家も江戸に向かう途中によく泊まったんだって。8代将軍の徳川吉宗も紀州藩主の時に通ったんだよ。吉宗が交趾国(今のベトナム)に注文した「象」も長崎から江戸に向かう途中、枚方宿に泊まったんだ。珍しい動物が通るとあって大変な騒ぎだったみたいだよ。当時の代表的な旅館だった鍵屋は、昔の建物を整備した資料館として枚方宿の歴史を伝えているよ。

 本陣は今の三矢公園付近にあったんだ。