広報ひらかた

おしえて ひこぼしくん 枚方の地名

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枚方

 どうして枚方って呼ばれるようになったのかは分からないけど、「ひらかた」という名前は今から約1300年前の奈良時代に書かれた「日本書紀」に登場するよ。近江 (今の滋賀県)の武将「毛野(けな)」の妻が詠(よ)んだ「ひらかたゆ 笛吹き上る 近江のや 毛野の稚子い 笛吹き上る」という歌に出てくるんだ。朝鮮半島から戻る夫を迎えに来た妻が、夫を乗せて淀川をのぼってきた船に枚方で出会うんだけど、夫はすでに途中で病死していたんだ。亡きがらを前に子どもたちが別れの笛を吹いている、という悲しい内容なんだよ。
 同じく奈良時代の「播磨国(はりまのくに)風土記」には、枚方に住んでいた朝鮮半島からの渡来人が播磨国(今の兵庫県)揖保郡に枚方里(ひらかたのり)を開拓した、と書いてあるんだ。今も揖保郡太子町に漢字は違うけど「平方」という地名が残っているよ。同じような話は東京にもあって、江戸時代初め、枚方から移り住んだ人たちが武蔵国(むさしのくに)葛飾郡(今の東京都江東区)に「平方村(ひらかたむら)」を作ったと『新編武蔵国風土記稿(しんぺんむさしのくにふどきこう)』に書いているよ。
 江戸時代、「枚方」は「牧方」と書かれることが多かったんだ。『河内名所図会』の「牧方萬年寺(ひらかたまんねんじ)」でも「牧方(ひらかた)」と書か かれているよ。