広報ひらかた

ひらかた偉人伝

枚方ゆかりの有名人を紹介 家族みんなで読んでね!

最終回
名画が『つづり方兄妹』のモデルになった
野上房雄(のがみ ふさお)

「大阪の野っぱらは、とても、ひろいひろっぱです。そのひろっぱに、おへそのように、ぽこりとふくれた小丘があります」―。昭和32年、香里小学校2年生の野上房雄さ んが書いた作文「ぼくらの学校」の始めの部分だよ。おへそに例えているのは香里ケ丘。当時は香里団地の建設が始まったばかりで、房雄さんが書いているように広い野原が広がっていたんだ。丘の上からは大阪市内が一望できたんだよ。この作文はモスクワの国際コンクールで一等になったんだ。でも、知らせが届いたのは房雄さんが病気で亡くなった後。6人兄妹で戦後の苦しい生活の中、満足な治療を受けられなかったんだ。作文を書いてからわずか5カ月後のことだよ。
 当時の学校の先生は房雄さんを「わんぱくで明るく兄妹思いの子だった」と話しているよ。うれしいことや楽しいことを真っすぐに表現した作文を読むと、「なんて楽しい子なんだろう」と思わずほほ笑んでしまうよ。
 房雄さんのお兄さんとお姉さんも作文が上手で、3人の作文は昭和33年に『つづり方かた兄妹』という本になったんだ。つづり方というのは作文のこと。同じ年に映画にもなって枚方や交野で撮影されたんだ。昔の香里小学校も映っているよ。