広報ひらかた

ひらかた偉人伝 その16

枚方ゆかりの有名人を紹介 家族みんなで読んでね!

津田のそうめん作りに力を尽くした
山下政太(やましたまさた)

 夏に食べる冷たいそうめんっておいしいよね。そうめん作りは元々、収穫を終えた農家の冬の仕事の一つで、津田村では河内そうめんが作られていたんだ。明治初め、河内そうめんの発展に力を尽くしたのが津田村の山下政太さんだよ。
 河内そうめんは、政太さんの祖先が江戸時代に大和三輪(奈良)から技術を持ち帰ったのが始まりとされているよ。色が白くてこしが強く質が高いと評判で、京都にまで売られていたんだけど、村の外から材料の小麦粉を買っていて、大量に作ることができなかったんだ。明治になって経済が活発になると、政太さんは「もっとたくさんの人に食べてもらいたい」と、地元の小麦で安く粉をひくため、先祖代々の財産を売り払って村に水車を建てたんだ。生産農家を集めて組合を作り品質を保つことにも努めたよ。そのおかげで安定して上質なそうめんが作れるようになったんだ。
 そうめんだけでなく、村のかんばつを防ぐため地蔵池の増築工事を進めるなど村に貢献し続けた政太さん。晩年には「(財産も)何もなければ死んで罪なし」と人生を明るく振り返った歌を詠んでいるよ。亡くなった7年後の大正3年には政太さんを慕っていた77人が水車のあった場所に功績をたたえる碑を建てたんだ。