広報ひらかた

ひらかた偉人伝 その11

枚方ゆかりの有名人を紹介
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屋敷御殿山の由来に 永井尚庸

 御殿山には、その名のとおり本当に御殿(お屋敷)があったんだ。主は江戸時代の大名、永井の殿様、尚庸さん。小大名が城のかわりにした「陣屋」を今の御殿山神社辺あたりに建てたんだ。見晴らしのよい場所で、周りから見て御殿のある山、「御殿山」と呼ばれるようになったんだよ。
 江戸時代初め、幕府は永井尚政と直清の兄弟に淀城と高槻城を築かせ、大坂の抑えに据えたんだ。永井の殿様(尚庸)は尚政の三男。尚政の隠居後、領地の一部だった渚村を含む2万石を受け継いだんだよ。それが今いまの御殿山辺りなんだね。
 殿様は村を見回っているとき、丘のふもとにボロボロになった「渚院」の跡地を見つけたんだ。渚院とは平安時代の貴族、惟喬親王の別荘のこと。そこで、惟喬親王や親しい歌人の在原業平が狩りや桜の花見を楽しんだんだ。業平が桜を詠んだ歌は古今和歌集に収められているよ。そんな面影もなくなり、人々に忘れ去られていることを悲しく思った殿様は、きれいに整備することに。お父さんや家来たちも協力して、みんなで桜を植えたんだ。そして、桜が咲き乱だれる名所として復活したんだって。家来が渚院の由来と殿様の功績を後世に伝えたいと提案。お父さんの知人に書いてもらった碑文を刻んだ石碑を立てたんだ。渚院の場所が知られるもとになったんだよ。