NPT再検討会議公式行事「平和市長会議2020ビジョンキャンペーン」演説(平成22年5月4日:ニューヨーク国連本部)
日本非核宣言自治体協議会の副会長であります大阪府枚方市長の竹内脩です。
この度、「平和市長会議2020ビジョンキャンペーン」において発言の機会を与えていただいたことにお礼申し上げます。
枚方市は、古都の京都と日本国で第二の大都市である大阪に挟まれた人口40万人の住宅都市です。
世界的企業であるパナソニック株式会社やコマツの社員が多く居住しています。
8世紀〜12世紀の平安時代には京都の貴族の遊猟地として名を知られ、桜の名所として和歌にも歌われました。
しかし、20世紀に入りますと、日本陸軍の軍事工場が多く建設され、枚方の風景は一変します。
日中戦争が激化する最中の1939年3月1日、当時市内にあった軍需工場で大爆発があり、700人以上の死傷者を出すという悲惨な事件がありました。爆発音は大阪中に轟き、遠く離れた京都からも黒煙が見えるほどの大きな事故でした。
それにもかかわらず、第二次世界大戦後、朝鮮戦争の特需ブームにのって、ふたたび軍需工場を枚方市に再建しようとする動きがありました。平和を求める市民は、二度と枚方市を軍需のまちにしないという強い決意で市民・行政・市議会が一体となった反対運動を開始しました。
その結果、軍事工場の建物施設は一掃され、その跡地には市民のための病院と当時東洋一の規模を誇る住宅団地が誕生しました。このように、平和を願う市民の団結の声のちからによって、枚方市は軍需のまちから市民が安心して暮らす住宅都市として生まれ変ったのです。
1982年、枚方市は悲惨な戦争の歴史を風化させてはいけないと、大阪府下で初めて非核平和都市宣言を行いました。それは、平和の実現や核兵器の廃絶についての姿勢を明確に示したものでした。
軍事工場の大爆発が起きた3月1日を平和の日と定め、以来、戦争の記憶を後世に伝えるため、市内小学生の広島への平和旅行、市内の戦争遺跡の保存など、様々な平和施策に取り組んでいます。
広島の日、長崎の日そして8月15日の終戦記念日には、地元ラジオや地域ごとに配備された無線を通じ、枚方市の公園にあるカリヨンの鐘の音が市内中に響きわたります。1分間の黙とうを捧げ、原爆と戦争犠牲者の冥福、そして世界の恒久平和を祈念しているのです。
また、枚方市では、平和の推進が最重要取り組み事項であるとの認識に立ち、平和施策の担当課を市長直轄部に所属させ、平和なまちづくりを発信しています。
このように平和を希求する枚方市民の願いを胸に、私は今この場に立って、みなさんにお話しをさせていただいています。
被爆から60年を迎えた今なお、世界は核兵器の脅威にさらされています。世界平和の実現なくして人類の繁栄や幸福はありえるものではありません。
枚方市は、平和市長会議が提唱されている核兵器廃絶をめざす緊急行動「2020ビジョン」や核兵器不拡散条約の補足となる「ヒロシマ・ナガサキ議定書」に賛同するとともに、現在開催されているNPT再検討会議において、2020年までの核廃絶に向け、具体的な交渉が実現することを強く願います。
そして、未来を担う子どもたちが核の脅威にさらされることがない時代を構築するため、枚方市はまちづくりの歴史にしっかりと刻まれてきた平和の取り組みをさらに進めるとともに、核兵器の廃絶と恒久平和の実現を訴えつづけてまいります。